宗教の限界と人間文化の未来
こんにちは。
COCOROMAN LABO 代表
PUデザイナー 池田健吾です。
安倍元首相の銃撃事件から、旧統一教会に関連するニュースが後を絶ちません。
サッと読めてしまう下記のニュースを見ても、山上徹也容疑者の心情を察するといたたまれない気持ちになる人も少なくないはずです。
人間(ホモ・サピエンス)は集団をつくって生きてきましたし、
その時々で必ず”拠り所(依存する対象)”を必要としてきました。
ある時は、父や母、あるいは、子ども。
ある時は、長老やご先祖様。
ある時は、大いなる存在や霊的なもの、神。
時代が進み、王様や元首など組織のリーダー。カリスマ性のある個人。
現代では、自分自身なんていう人も。
大きな観点で見た時に、人間は文化に依存し、また同時に、
文化を進化させてきた共同体でもあります。
文化と言った時に、現代社会において強大な要素となっているものの一つに、
「学問」
があります。
宗教”学”
政治”学”
人間”学”
etc
文化の構成要素である「学問」特に
化学
物理学
数学
しかし、どうでしょう?
「学問」は複雑、多様化し、それぞれの専門家が頭を突き合わせても、
誰もが納得できる方向性は見出せず、地球や世界の絶望が止まる気配はありません。
当然化してしまっている
『既存の学問における不完全性』。
それは、宗教が力を失わない理由の一つでもあります。
人間に生きる意味と拠り所を提供していた宗教は、
科学技術の進化と資本主義の末期において、
その限界がより悲惨な形になって事件化してしまいました。
これまでも多くの争いの原因になってきた宗教。
資本主義の格差を暴力的にさせる科学技術。
「不完全学問」によりつくられてきた文化から卒業し、
「完全学問」による新しい文化の創建に取り組む動きを加速させなければ、
地球や世界は人間集団を存続させることは無理なところまで来ています。
安倍元首相は国葬の形で弔われることになりました。
これを一つの節目として、1945年8月15日の時のそれ以上に、
日本が進んできた流れから、次なる方向性へ転換していく流れが生まれていくことを願い、
今もこうしてブログを書いています。
宗教と科学を融合し超えていく
「完全学問」
の完成をぜひ確認し、新しい文化づくりをここ日本から、
一緒にはじめていく機会となれば嬉しく思います。
そんな思いから、以下のURLを紹介させていただきます。
★9.17ピーティックス
https://peatix.com/event/3306464/view
国葬の費用、政治家と統一教会の絡み、といった情報に終始するだけでなく、
宗教を客観的に解析し、
日本の戦略を描き、
人間の生きる意味と価値を知り、
本来の能力とその喜びを実感する、
そんな情報と出会えることを約束します。
その一部をここで公開しています。
★YouTube動画
https://youtu.be/tbYBO86cU58
★コラム
http://www.noh-jesu.com/column/593
もし、気になることがあれば、いつでも連絡してください^^
この出会いが未来を変える転換点になれば幸いです。
★9.17ピーティックス
https://peatix.com/event/3306464/view
最後まで読んでくださりありがとうございました。